小さな記事も大きくすれば、違った何かが見えてくる






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2008年02月28日(Thu)
小さな記事も大きくすれば、違った何かが見えてくる
新聞マエストロなる人物が、「小さな記事も大きくすれば、違った何かが見えてくる」と
いっているのですが、別に本気で問いたいわけではありませんが、何が見えるのでしょう。
パネルは、思いッきりテレビが、思いっきり使って成功したと思うのですが(源流として、
やしきたかじんが、関西の低予算の中で編み出したのだとか…?)、改変で、パネル自体は
使わなくなり、似た効果を生み出すべく工夫している。朝ズバッもパネルだから先方が
避けた形でしょう…。
パネルは、一部を隠すことで、視聴者を引くことが出来るのが、メリットではないかと
思われます。新聞を読むときでさえ、何か隠すわけです。パネルとして、新聞を見た
というのは、ひとつの卓見なのかもしれません。
新聞を読んでるだけのテレビとは何なのでしょう。しかし、もはやテレビしか新聞を
読まなくなったというべきなのかもしれません。


   


人手です。

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