善悪の彼岸






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2008年03月06日(Thu)
善悪の彼岸
善悪の彼岸とは、別に、善と悪の彼岸ではない。ニーチェは、そんなことをいっては
いない(らしい)。善悪の線の襞のようなものが、それだという。
リプリーは、善悪の線上を漂いつづける人物である。たしかに、人を殺したりもするし、
法が引く線は超えているが、にもかかわらず、彼が悪であるとは言い切れない。
放浪息子は、男女の彼岸の物語であるといえるかもしれない。女の子になりたい男の子と、
その逆が、男女の線上を漂う。もうひとつ、第二次性徴の線が加わることで、
男の子は男に、女の子は女になってゆき、そのすべてが、流麗な曲線で描かれてゆく。


   


人手です。

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