子供とは何か






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2009年06月15日(Mon)
子供とは何か
《大人が読んでもおかしくないような、小学生が主人公の恋愛漫画を教えてください》(注)という質問に対して回答が公募され、ベストアンサーとして、山田南平『オトナになる方法』(文庫全8巻)が選ばれている。
このような問いはなぜ問われるのであろうか。つまり、なぜ、大人が小学生が主人公の恋愛漫画を読みたいのか。ショタやロリが昂じて、そういうのと恋愛してみたくなったからであろうか。それではあまりに身も蓋もない。
小学生の恋愛は、恋愛の起原とかかわるものと考えよう。デリダはこういっている。「子供とは何かということがわからないかぎり、あなたには、幻想とは何ということもわからず、もちろんその結果として、知とは何かということもわからないだろう」(「郵便葉書」)。幻想や知は、子供を起原としているのであり(?)、もちろん、恋愛という幻想もそうである。
「われわれは子供時代の記憶と客観的に観察しうる子供を知るだけで、もはや子供の意識を内側から経験することはできない」(柄谷行人「意味という病」)ということもできるが、精神分析は、子供の意識を見てきたかのように語るものだ。
(注)http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1010343200

writebacks(1)
デリダのところ Posted by こんちにわ さん at 2009/06/16 07:17
おじゃまします。
デリダの解釈は言い換えると、
子供とは何かがわかると幻想と
言うものを知るのだし、それにつれて知とは何かも知るのである、
ということです。
つまり、大人というか一般市民、
公衆にとっての子供なるものとは
これ幻想であり、知もまた幻想と
してある、ということです。
柄谷も同様のことを指摘しています。結局、子供のことはそれぞれの子供自身しかわからないのですし、もっといえば、子供だって
人です。自分のことなんか
わかりっこないんです。ただ、
ありふれた幻想に依拠して自分を
語ることは、大人同様、できます。くりかえしますが、われわれ
が子供を知ればそれは子供という
幻想を知ることであり、幻想という知の一形態を知ることであるわけです。

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