水俣病






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2010年01月23日(Sat)
水俣病
ばら撒けなくなるまで、ばら撒いた。水俣病は、垂れ流す必要がなくなるまで垂れ流したといわれてますが(見田宗介「現代社会の理論」)、それと同じ。この限りで、検察の訴追により、歴史が変わったという痕跡は認められない。なにしろ、ばら撒きは、ばら撒けなくなるまで続いたのだから。
政治に期待されていることは、ばら撒きだけであった。従って、一つしか政党はいらなかった。それが自民党だった。政権にいることは、ばら撒くこととイコールであった。政権にいなければばら撒けず、そうなると自民の価値はない。
国民は、ばら撒きしか政治に期待しないので、政治家に求められる資質はただ一つ、クリーンであることである。しかし、おそらく、ここまで政治を舐め切っている国民も珍しい。政治とはばら撒きであるというのなら、政治からばら撒きを引くと、何も残らないことになる。

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