夕焼け






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2010年11月20日(Sat)
夕焼け
吉野弘「夕焼け」は、かつて電車がどのような空間であったのかを伝えている。満員電車で席を譲ったことから、少女がいやな目に会うという詩である。概説すれば、老人に席を譲ったところ、次の駅でその老人が降りので、空いた席にまた座ったところ、また老人が寄ってきたため、また譲ったところ、その老人も次の駅で降りたので、また空いた席に座ったところ、また老人が寄ってきたが、もう今度は譲らなかった、というものであり、コントを思わせる。
かつて電車という空間では、相互監視が行われていた。この詩の電車では、いちど席を譲ったのだから、いまいちど譲るようにというまなざしが、少女に向けられる。老人に席を譲るべきであるという規範は、全ての人に向けられるはずだが、相互監視が形成する合意はその都度のものであり、ここで譲るべきは彼女なのである。なぜなら、自分たちは譲りたくないということに加えて、彼女は、いちど譲って、周りのまなざしからその「やさしさ」を賞賛されたわけで、このまなざしに報いるため、賞賛されたことと反する行いをしてはならないからである。このような状況下で、空いた席にまた座るということは、明らかな計算ミスである。嘲笑は免れないであろう(注)。こうしてこの「やさしい」少女は傷ついてしまい、もはや席を譲らない。彼女にも規範といったものはない。
しかし、今や、電車において相互監視が行われているとは、言い難い。人々のまなざしは、小さな画面にしか向けられず、他の人に向けられることはない。
(注)中島義道「うるさい日本の私」を参考にした。同書は、日本における初めての闘う哲学書であろう。

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