ない






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2011年03月29日(Tue)
ない
日本文化論は、日本の特殊性を認めたうえで、それについて同じことばかり繰り返しており、外国との関係がうまくいっているときはそれがプラスに評価され、うまくいっていないときはマイナスに評価されるだけであると考えられている(参考、青木保「「日本文化論」の変容」)。もちろんそれは正しいが、ブレイクスルーがないわけではない。
それは、二つの「ない」の発見である。一つは、丸山眞男による思想が「ない」ことの発見である。しかし、丸山はなぜ思想が「ない」のかを解明することが出来ず、思想を不在にする「古層」があるというところで力尽きてしまう。これを解き明かしたのが、もう一つの「ない」の発見、つまり、中根千枝による血縁集団が「ない」ことの発見である。
血縁集団がないので(また、労働集約的な稲作を行っているので)、家族や近隣集団やムラといった近くでまとまらざるを得ない。近くしかないので、それを束ねるような思想はいらない。中根ははっきりこういっているわけではないが、このような含意があることは明らかである。


   


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