風子思考集成 - 2008/02/06

fuukoについて




[PR]



2008年02月06日(Wed)▲ページの先頭へ
羞恥がなければ、子供はゼロだ
スタジオパークをたまたま見てると(2/5)、大河(見てませんが、)で宮崎あおいの
養育係の人が出てきて、愛する人が生きてるうちに気持ちを伝えないといけないと
語っていて、彼女も、ビデオで出演し、そういうことを言われたんですよと、
恥じらつつ述べていた気がする。それが、妙にかわいかったのです。
坂口安吾は「日本文化私観」の中で、舞妓を否定しつつ、「羞恥がなければ、子供は
ゼロだ」と述べている。舞妓がこれに当てはまるかは、分かりませんが、ここで
言わんとしてることは、何となく分かってきた。中国の盲妹という、少女の目を
潰して愛でるのは、いかにも人工の妙味があるが、舞妓にはそれはなく、かといって
自然の妙味(羞恥のことらしい。)があるわけでもない…。
たしかに、援交少女とかに、羞恥などはまったくない。


   


人手です。

新着エントリ
農村 (7/29)
跡形 (7/22)
ムード (7/15)
詠嘆 (7/1)
世帯 (6/24)
濁点 (6/17)
クラブ (6/3)

新着トラックバック/コメント


カレンダ
2008年2月
         
6
 

アーカイブ
2007年 (3)
12月 (3)
2008年 (81)
1月 (13)
2月 (12)
3月 (8)
4月 (6)
5月 (4)
6月 (5)
7月 (5)
8月 (6)
9月 (6)
10月 (5)
11月 (5)
12月 (6)
2009年 (45)
1月 (5)
2月 (5)
3月 (4)
4月 (5)
5月 (5)
6月 (5)
7月 (4)
8月 (5)
9月 (4)
12月 (3)
2010年 (50)
1月 (5)
2月 (3)
3月 (4)
4月 (5)
5月 (4)
6月 (4)
7月 (4)
8月 (4)
9月 (5)
10月 (4)
11月 (4)
12月 (4)
2011年 (30)
1月 (5)
2月 (3)
3月 (5)
4月 (4)
5月 (4)
6月 (4)
7月 (5)

アクセスカウンタ
今日:27
昨日:21
累計:264,510