風子思考集成 - 2008/07

fuukoについて




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2008年07月28日(Mon)▲ページの先頭へ
パンツじゃない
ストライクウィッチーズを1話だけ見たのですが、パンツじゃないから恥ずかしくないもんというのは、かわいいは正義を彷彿とさせる、ヒットフレーズでしょう。これはパイプではないとか、アニメじゃないとかいろいろありましたが、これらは、パイプだったりアニメだったりするものをそうではないといっているのに対し、パンツじゃないというのは、たしかに、彼女らが穿いているのはブルマやスク水なので、パラドックスを形作るものではない。しかし、なぜパンツなら恥ずかしく、ブルマやスク水なら恥ずかしくないのかという疑問は残る。おそらくは、ブルマやスク水は、身体にフィットしているが、パンツには間隙があるからではないか。もっとも、なぜ、パンツが恥ずかしいのかも、問いではある。この点については、井上章一「パンツが見える。」を参照されたい。
なお、スク水は、ブルマの拡張形態であるという決定的指摘を、セーラーふくの論理学(注)が、行っている。
(注)http://rorino.blog23.fc2.com/blog-category-1.html


2008年07月23日(Wed)▲ページの先頭へ
中の人
中の人について、箇条書きにしてみた
・中島愛は、とりあえずエスカフローネの真綾と同じポジションではある
・真綾には、透明感があるが、まめぐ(が愛称らしい)にはないように思われる
・真綾は(友人である)桑島や豊口と同じく姉を思わせるが、中島愛は妹を思わせる
・田村ゆかりや釘宮(あるいは沢城)のような中毒性のある妹ボイスではない
・花澤香菜のような棒読みかつ舌足らずの系列にいる
・棒読みだけなら、名塚でもそうだが、最近は「かつ舌足らず」になってきている
・棒読みと萌えが交差する地点が、中島愛(や花澤)の位置と思われる
・八十年代に、アイドル的なものが入ってきても、アニメ声の地平は変わってはいない
・こどちゃあたりが棒読みを公然としだす
・こどちゃの棒読みは、アニメ声の概念を覆したといってよい
・萌えボイスは、アニメ声の延長ではあるが、もはやアニメ声と同じ地平にはない
・萌えボイスは、キャラがいなくても、声で完結している
・それまでのアニメキャラは、いちおう完結した人格を持っていたし、声もそれを支えた
・アニソンは、偽アイドルか偽ケルトだが、偽ケルト(=透明感)のほうが病的である
・透明感は、民族的なそれではなく、記号との関係であるといえよう
・平野綾のような、透明感があるとはいえない声優が台頭している
・若手は、美人が多いが、キャバ嬢のような感じが否めない
・沢城は、時系列で15枚くらい写真を並べると、3枚目くらいまでしか見れない
・萌えをやっている声優に、透明感のある歌は歌えない
・萌えと透明感は、対概念というわけでもない
・能登や広橋は、演じているときと演じていないときの差がそれほどない
・棒読みのヴァリアントであるが、ある意味で、別格である
・ポニョは、子供の声を子供が当てており、完璧である
・アニメの少女は、記号の総和であり、喚起する欲望も記号的である
・アニメが性犯罪を引き起こすことは決してない
・宮崎の少女は、理想化されており、現実にはいないものの、現実と対応はしている
・宮崎アニメは善良を装ってはいるが、危険さは他の比ではない
・平野信者と水樹信者の醜い争いは、むしろ両者の近さを表す
・釘宮は、シャナとルイズよりも高次の概念である


2008年07月18日(Fri)▲ページの先頭へ
自慢できること
面接は沈没でしたね。1次なのに…。集団面接だったので、緊張はしませんでしたが。面接カードに即した質問がされます(まず、これを知らなかった)。あなたはどういう人物ですかと、いうのが冒頭の問いでしたが、僕は、人のために、という面接カードに書いた抽象論(注)を述べただけでした。段々こちらの答えも、投げやりになり、向こうも他には二の矢の問いを出すのに、僕にだけ出さなくなってしまった。
あなたはどういう人物か、という問いは、皆さん準備されていたようで、それを読み上げればいいという状態なのに、僕だけその場で考えていたので、この時点で脱落したと申してよいでしょう。
これは鉄則なのかもしれないですが、他の3人は、アルバイト経験をさりげなく織り交ぜていましたが、僕はアルバイト自体やったことがない。おそらく、大学生活は、面接に耐えうものでなければならず、そのためには、アルバイトは買ってでもすべきなのでしょう。
面接カードに、どちらかというとインドアな生活をすることで、多くの映像や文献に接したことを、「自慢できること」に挙げておいたのですが、これについて、いわゆるオタクとどう違うのか問われ、まったく答えられませんでした。おそらく、オタクは軍事など狭い関心領域しかないのに対し、私は、広い関心で映像全般を網羅している、とでもいえばよかったのでしょう。それは県の仕事に生かせますか、と二の矢が来ても、はい。わが県は、文化の県として知られております。映像に詳しいことは、県の文化を伝えるうえで、必ずや役に立つことと信じます。ともあれ、インドアなどという言葉を面接カードで使うべきではなかった。
とにかく、僕は投げやりな印象を与えがちなので、それだけは避けるべきであろう。あとで考えると、思いのほか早口になっていたのが、驚きでした。僕の語り口というのはどうも、独り言にしか聞こえないんだよね。
(注)いわく、こんな感じ(もちろん、もっとフォーマル)。「私は、公務員に向いてると、人によく言われる。なぜかと考えたが、私は、他人のことをよく考え、他人のためになるように常に心がけているからだろう。今までも、ちいさなことからコツコツと人のために尽くしてきた。他人への思いなら誰にも負けない自負がある」。


2008年07月13日(Sun)▲ページの先頭へ
少女マテリアル
鳴子ハナハル、少女マテリアルは、巻頭カラーの2/4で、4Pをやっているのですが、必然性のある4Pのシチュエーションを考えたというだけで、画期的なのではないでしょうか。それほどエロマンガに詳しいわけでもないので、はっきりとはいえませんが。
あらすじを述べよう。おんなのこがおんなのこに恋をしていて、おんなのこに近づくために、おんなのこの幼なじみと付き合うことにします。おんなのこは別のおなさなじみと付き合っていたので、おんなのこ同士で交わりたいと思い、4Pを持ちかける。これだけで、エロなしでも1冊くらい出来るでしょう。
おんなのこも彼氏に悪いとは感じているようで、「時間なんていくらでもあるんだから」「孝史との時間も入れといてやるか」といっている。青春は短いから貴重だといわれたりもするのですが、時間がいくらでもあると感じられるのは、先の展望がないことにもよるのでしょう。おんなのこは、何となく乃絵に似ている。
タッチでは、南ちゃんと双子が幼なじみなわけですが、これにもうひとりおんなのこ(北ちゃん?)がやって来て、南ちゃんとくっ付こうとするという感じであろう。タッチは、南ちゃんが双子のどちらとくっ付くか決められないため、作者が片割れを殺してしまったのだと思うのですが、フタコイオルタナティブを見てると、三人でいいじゃないというあっけらかんとした終わり方をしていました。2/4は、これを四角関係にすることで、解こうとしたといえよう。


2008年07月06日(Sun)▲ページの先頭へ
死に神
鳩山法相は20日の閣議後会見で、「(死刑囚は)犯した犯罪、法の規定によって執行された。死に神に連れていかれたというのは違うと思う。(記事は)執行された方に対する侮辱だと思う」「私を死に神と表現することがどれだけ悪影響を与えるか。そういう軽率な文章を平気で載せる態度自身が世の中を悪くしていると思う」。(6月20日11時12分配信、産経新聞)
死刑執行は、法執行であり、ゆえに正しい。「死に神」の執行(?)は、法執行ではないので、正しくない。このように、死刑執行と「死に神」の執行とは、法執行か否かという点で、差異がある。法執行による死は、罪の清算という意味があり、「死に神」の執行には、そのような意味はない。従って、「死に神」という表現は、死の意味を奪うものであり、執行された方に対する侮辱である。
周到な論理であり、断定は出来ないが、おそらくは官僚により用意されたものであろう。この論理は、官僚ふうである。法執行に対するこうした感性は、他の職業では身に付かないように思われる。しかし、論理上は、法執行は法執行であるとしかいえず、それが正しいか否かは別の問いである。ナチスの行ったことも、法執行ではある。ナチスは、「死に神」ではないのだろうか。法執行による死は、罪の清算という意味があるにしても、そのような法制度の是非は別の問いであり、「死に神」という表現も、その別の問いに属している。朝日新聞は死刑制度に反対ではないといっているが、それでも、その問いの領域で揶揄する権利くらいはある。
現今の死刑執行は、官僚にとって、法制度を守るためという以外の理由はないだろう。厳罰化が進んでおり、裁判員制度を控え、未執行者が百人を超えるようだと制度が持たないので、こうした挙に出たということであろう。官僚自身は、死刑を熱烈に支持しているというわけでもなく、枢要な法制度である刑罰制度のうち、制度上現存しているものは維持されなければならないと考えているのであろう。
死刑執行人や法務大臣を「死に神」と表現することは、慣用句といってもよいものであり、どのような悪影響もない。この程度の表現を「出る杭」として打つことは、言論の危機を齎しかねない。


   


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