風子思考集成 - 2008

fuukoについて




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2008年02月16日(Sat)▲ページの先頭へ
異母兄妹
true tearsの6話で、比呂美と真一郎は、異母兄妹かもしれない(たぶん、母親の
悪い冗談を真に受けているだけだと思うのですが。)ことが示されました。
異母兄妹という言葉をアニメで聞いたのは、ママレードボーイ以来でしょうか。
まあ、恋風とかはありましたけれど…。しかし、古事記なんかだと、異母兄妹は
普通に結婚しているわけです。古事記では、兄妹愛がきわめて
大きなファクターとなっているといえるでしょう。反面、母とか妻は、思慕される
のですが、どうもおぞましいものとして捉えられている気がする。


2008年02月14日(Thu)▲ページの先頭へ
確固たる砂漠を生き抜くこと、それが役割です
紀子の食卓を見ました。紀子は小津から、ユカは宮台あたりからでしょう。
つながりというのがゼロ年代のキーワードのようですが、そこでは自己と自己との関係が
ない。つながっているだけ、その中で空気を読んでいるだけだから…。この国で、
主体化があったためしなどないというべきなのでしょうけれど。
与えられた役割を果たすことで、その役割としての自己を演じることで、自己と自己との
関係が築かれてゆきます…。かって映画では、父は父らしく、子は子らしくあったものです。
ジョン・フォードとか見れば分かるように。それがなくなり、レディ・イン・ザ・
ウォーターなんかだと、必死で胡散臭いながら、役割を演じていてそこが感動のしどころ
になっていたりもします。「確固たる砂漠を生き抜くこと、それが役割です」。


2008年02月12日(Tue)▲ページの先頭へ
視点人物
キミキスでは、視点人物のほか、原作にいない茶髪、サックスが登場します。
ギャルゲーを元に青春群像をやるというのは、まったくいただけない話です。
しかも、この2人はバカにしか見えない。出来がいいと思われるtrue tearsも、茶髪だし。
ゲームなら女の子が寄ってくるのは分かるのですが、リアルに近づけたのであれば、
それは不自然というか、どこに惹かれてるのかまったく分からない。
しかし、なぜ、こうもバカにしか見えない男の子しか出てこないのか。
女の子の造詣に忙しくて、そこまで手が回らないということなのでしょうか。
おそらく、視点人物そのものか、視点人物を分裂させているだけだからなのでしょう。
海辺のカフカは、視点人物を思わせる内面のない少年の物語で、感情移入など出来ない
ように思うのですが、同年代の人たちは、共感できるらしいのです。
生が視点人物化してきているということなのでしょうか。


2008年02月09日(Sat)▲ページの先頭へ
無理やり歌わされてる
ロリ声は、昔からあるわけではない。それはおそらく80年代に現れたものである。
この頃の、少女写真のある部分はもはや手に入れることも困難だが、声はそうではない。
子供の声は、そのままではロリ声とはいわないだろう。何らかの仕掛けが必要である。
代表的なのを2つくらい挙げておくと、まず、戸川純。子供が、無理やり歌わされてる
感じ。無理やり歌わされてる感が、ロリである。
次に、うしろゆびさされ組。ほとんど棒読み。素人っぽい。はっきりいって下手。
しかし、これらが、なんともいえず良い。
子供(プロかつ素人)にこうした歌い方をさせた。これは偉大な一歩でした。


2008年02月07日(Thu)▲ページの先頭へ
おせっかいな男の子ってバカみたい
true tearsの5話で、比呂美(そういう漢字らしい。)は、怒って、「おせっかいな男の子
ってバカみたい」といいます。この辺の心理は、内面の声が、これでもかと入れられて
いるので、分かるというものですが、どうやら、いつも気持ちを抑えていて、誘って
きたのかと思ったのに、下らないことしかいわなかったことに、ムカッと来たという
ことみたいです。
しかし、ここで、このような表面的なせりふをさらっと吐けるというのが、女の子の
女の子たる所以であるというべきでしょう。この辺は、変換ソフト(例えば、「オンナの
[建前⇔本音]翻訳辞典」)でも、状況に即した用法であるため、難しいかもしれません。


2008年02月06日(Wed)▲ページの先頭へ
羞恥がなければ、子供はゼロだ
スタジオパークをたまたま見てると(2/5)、大河(見てませんが、)で宮崎あおいの
養育係の人が出てきて、愛する人が生きてるうちに気持ちを伝えないといけないと
語っていて、彼女も、ビデオで出演し、そういうことを言われたんですよと、
恥じらつつ述べていた気がする。それが、妙にかわいかったのです。
坂口安吾は「日本文化私観」の中で、舞妓を否定しつつ、「羞恥がなければ、子供は
ゼロだ」と述べている。舞妓がこれに当てはまるかは、分かりませんが、ここで
言わんとしてることは、何となく分かってきた。中国の盲妹という、少女の目を
潰して愛でるのは、いかにも人工の妙味があるが、舞妓にはそれはなく、かといって
自然の妙味(羞恥のことらしい。)があるわけでもない…。
たしかに、援交少女とかに、羞恥などはまったくない。


2008年02月03日(Sun)▲ページの先頭へ
イヌネコにしか心を開けない人たち
香山リカが「イヌネコにしか心を開けない人たち」という本を出したそうです。
外では、感情労働みたいなのを強いられ、無償の愛みたいなのは、イヌネコにしか
ない…。香山氏は、ぱっと時流をキャッチする人ですし、言うことはまだ未熟でも、
そこを批判することで、北田暁大「嗤う日本の「ナショナリズム」」あたりが書かれたりも
したのですが、いいたいのは、犬みたいな感じの新人アナが、出てきていることです。
たとえば、葉山エレーヌは、犬のような感じがする。実際、初仕事は処分される犬を
見て泣くというものでしたし。出水麻衣という人も、そんな感じがする。
なんとなく、物ほしそうな感じですよね。犬みたいというのは、褒め言葉としていってる
のです。かわいいという言葉は、犬と子供のためにあるようなものですから。


2008年02月01日(Fri)▲ページの先頭へ
これが本物の毒
中国の餃子から毒が出てきたらしいですね。死にかけた人もいたとか。
去年は、「偽」の年で、賞味期限とか産地とか、いろいろ言われたものでしたが、
そんなことをいえば、日本は、エクリの伝説的な翻訳者である佐々木孝次氏の
書物がいうように「文字と見かけの国」であり、本物なんてないのですが。
しかし、船場吉兆やら、赤福やらを吹き飛ばしましたね。
これが本物の毒というものでしょう。よくも悪しくも本物の国です、中国は。
こんな国と戦争をしても勝てないというものでしょう。


2008年01月30日(Wed)▲ページの先頭へ
子供の声
広橋涼は、媚びまくっていても、媚びてる感じがしない。
天然みたいなのをやってる人は多いけれど、この人(と能登)は、別格な感じがする。
広橋は、写真写りがよくないし、動く映像でもそんなによくはないのですが、
実物はかわいいらしい(見たことはないけど)。これは、子供についてもいえるのでは
ないでしょうか。写真やビデオ写りが悪い子供でも、よほどの不細工でない限り、
実物はかわいいものです。特に、ビデオなんか親の自己満足でしかありません。
子供のうちに不幸な死に方をすれば、テレビに流してもらえるかもしれませんが。
広橋は、子供の声であるといってよく、存在様式も子供に似ているのかもしれない。
生(なま)の生気は、鏡には映らないものかもしれない。しかし、声は、生なのである。


2008年01月26日(Sat)▲ページの先頭へ
娼婦の声
true tearsで、名塚佳織がやっている役は、透明感があって、ああいうのが好きな
人は多いと思われるのに、あまりアニメには出てきません。近い例でいえば、
ノエインくらいでしょうか(エスカフローネもそうでした)。声優は、娼婦の声だと
宮崎駿はいいましたが、それは当たっている。おたくは、処女を求めつつも、
(誰でもOKという)娼婦でなければ相手にしてもらえないので、こういう
事態を受け入れざるを得ないのでしょう。
名塚は声優ですが、棒読みですから、媚びた感じはしない。それに声質もいいです。
大地監督は棒読みを好みますが、こういう理由からでしょう。


2008年01月25日(Fri)▲ページの先頭へ
「声優界」のスーパーアイドル「堀江由衣」って誰?
「「声優界」のスーパーアイドル「堀江由衣」って誰?」週刊新潮1月31日号。
いちおう読みました。立ち読みですが…。唐沢氏が、キャラでなく、声だけでのし
上がったといっておられますが、もともとドル売りでしょう。しかし、声についていえば、
堀江や川澄は、母の声である。とくに、川澄はまほろさんといい、藍より青しといい、
セイバーでさえそうだろう。ありがちなようで、ここまで母を思わせる声は、堀江の他に
いないような気がする。堀江は、妹っぽいところもあり、どういう役でも(ヒロインは
母性的な感じのが多いだろうし)そこそこやれるし、顔もそこそこかわいいし、トークも
まあまあだし、オールマイティで、ここまで揃ってるのは珍しいのかもしれません。


2008年01月22日(Tue)▲ページの先頭へ
健全なお色気はなんて不健全なんだろう
宮崎アニメのヒロインは、みんな、働き者で、弱いものにも優しくて、男の子思いで、
動きが俊敏で、勇気があって、愛らしくて、胸が大きくて…。100%の女の子だ。
>パヤオもそうだが一見健全そうに見えるが実は男の欲望の視線で描かれている女性像、
>一番いやらしいムッツリスケベ野朗が愛好する雛型なんだよ
>清純だと思える娘を犯すときこそもっとも興奮するっていうしな
>中田氏する妄想とかしてんだろきめえええええええ
つまり、こういうことだ。健全なお色気はなんて不健全なんだろう。
true tearsは、名塚佳織が、優等生で、外では明るいけれど、引き取られた先(主人公と
同居)では小さくなっていて、過去に何かあって、主人公にひそかに思いを寄せている。
「となりの山田くん」のような水彩画タッチであり、「海がきこえる」「耳をすませば」
のようなノスタルジックな少女マンガっぽいところもあるのですが、
シムーンもそうでしたが、ゲームっぽいものの、原作はないという…。


2008年01月21日(Mon)▲ページの先頭へ
かわいいの活用
犬身は、犬のようにかわいがられたいので、犬に変身するという作品です。
ここでは、(読んでませんが)かわいいの活用とでもいうべきものが見られる。
愛されたいというのと、(犬のように)かわいがられたいというのとは異なる。
後者の感覚は書かれたことのないものではないだろうか。しかし、かわいいは、視野に
入れられるようになってきている。ガンスリンガーガールなどは、この感覚に近い。
完全に洗脳(条件付け)されているものの、ひたすらかわいがられる少女たちは、
犬に近い。9巻で、ひとり死ぬが、犬が死んで悲しいというのと、重ならなくはない。


2008年01月18日(Fri)▲ページの先頭へ
電脳コイル
電脳コイルでは、ペットに触ることが出来ません。これはペットだからいいものの、
女だと、考えられないのではないかとも思われるのです。スキンシップというのは
あるので…。しかし、エロゲヲタなんて、そういう感じですよね。あれほど愛してるにも
関わらず、触ることも出来ないというのは、なんとも切ないと思います。
しかし、厚みをもって存在する、というのも不気味な事態ではあるのではないでしょうか。
なんだか、サルトルみたいですけど。


2008年01月16日(Wed)▲ページの先頭へ
集団デート、グループ交際、これこそが清く正しい若者の姿じゃないの
「集団デート、グループ交際、これこそが清く正しい若者の姿じゃないの」と藤林杏は
いっている(クラナド12話)。見ていると、クラナドは、みんなで人助けしてる感じで
すね。一之瀬ことみのエピソードなのに、藤林姉妹、渚、果ては風子まで出てきていました。
原作では、おそらく、主人公とふたりだと思うので、随分な違いですね。


2008年01月14日(Mon)▲ページの先頭へ
池澤春菜やら豊口めぐみが、NHKに重用される理由
体操のお兄さん、お姉さんという言い方に注目しよう。体操のお父さん、お母さんとは
いっていないのである。番組名が、お母さんといっしょなのにもかかわらず。
たぶん、テレビの前でも、お母さんといっしょに見ているので、役が重なるのはまずいのであろう。
その後の、教育番組でも、お姉さんやお兄さんが出てくることになる。このような文脈
から、池澤春菜やら豊口めぐみが、NHKに重用される理由が明らかになる。
彼女らは、お姉さんなのである。しかも、普段は声だけなので、一層規範的なお姉さん
足りうる。


2008年01月12日(Sat)▲ページの先頭へ
そんなに救済されたいなら、青汁でも飲んでろ
宮台がいってるのは、断念すれば救済されるということだと思うんだけど、
救済を断念してこそ救済がありうるというのが女子高生の知恵だったのでは。
結局、この辺でボタンを掛け違えたことで、10年くらい迷走してるという
感じがしなくはない。そんなに救済されたいなら、青汁でも飲んでろ。


2008年01月04日(Fri)▲ページの先頭へ
意味のないことをぶつぶつと陰気に呟くだけ
ブログが出来ると、2ちゃんねるが廃るとか、そんなこと考えていた人も
いるかもしれないです。けれど、そういうことにはならないのは、
理由は単純で、ブログはけっこう書きにくい。そういうことでしょう。
私のブログは、有田さんみたい。意味のないことをぶつぶつと陰気に呟くだけ。
ザワイドは終わったみたいだけど。「さて、有田さん」は「さて、勝谷さん」
ないし「さて、宮崎さん」に変わりました。絶叫しうる知性(?)とでもいうか。
小泉、安倍みたいな人たちをきれいに反映してるのでしょう。


2008年01月03日(Thu)▲ページの先頭へ
ハーフの効用といえば、天才てれびくんでしょう
上戸綾のどこがいいのか、いまいち分かりません。どこか、ハーフみたいなのを漂わせているのは分かります。でも、それが何だというのか。
ハーフみたいだけど、ハーフじゃない、むしろ和風に健気な感じがする。それがいいのか? ゴマキのような洋風なのが好きな人向け?
(阿部和重がどちらのファンでもあるらしいので、そうかもしれない。)
ハーフの効用といえば、天才てれびくんでしょう。日本の子どもだけでは、ああいう空気感は出せないと思う。ハーフのいない天てれは考えられないような気がする。


2008年01月02日(Wed)▲ページの先頭へ
暗いうちは、人は滅びないというし
宮崎あおいの写真が、朝日新聞の元旦のテレビ特集に出ていたけど、
世にいう自然光というほどではないけど、ライトが弱い感じがした。
ライトが強くして、昔の女優のようになるというのも一つの道では
あるが、薄暗い中で映ることで、かえってきれいに見せようというような
試行なのか。暗いうちは、人は滅びないというし。ユリイカとか
暗い感じがなくはないので、それもいいということなのか。


2008年01月01日(Tue)▲ページの先頭へ
常になんで? と思わせ続けた彼女が唯一以外ではなかった行動
グレンラガンのDVD4巻を見たんだけど、カミナが死んで、福井裕佳梨が出てくる。
70年代の人(ジョー?)が死に、80年代の人(ラムちゃん?)が…、というのが正しい
見方なのでしょう。メタアニメというのはむしろありきたりではあるのですが。
昔から思うのですが、福井裕佳梨というのは、どの役をやっても合っていないというか、
浮いてる。ただ棒読みというのではなく(それなら名塚とかでも同じ)、キャラの声として
どうもおかしい。トップ2では、ひとり浮いた(?)場所に旅立ってゆくのですが、
そういうのが、どうも似合っている。彼女に関わりがあるというわけでもないですが、
可愛かずみ(覚えてますか?)について、リリーフランキーはこういっている。
《常になんで? と思わせ続けた彼女が唯一以外ではなかった行動は、その日の夜の
投身自殺だけだった》(「日本のみなさんさようなら」)


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