風子思考集成 - 2009/09

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2009年09月26日(Sat)▲ページの先頭へ
相対評価
試験が難しいのは、学習内容が難しいからではない。中学入試を考えてみれば分かる。小学生の学習内容が難しいとは、普通はいわれない。しかし、小学生ならば中学入試の問いをみな解けるというわけではない。なぜか。学習内容から問題までは距離があるからである。その距離を埋めるため、解き方を知っていなければならないのは勿論だが、それを踏まえたうえで、その場での機転が求められる。この解き方をどう教えるかが塾の領分であるが、そこから先、どう機転を利かせられるかには、不確定な要素が漂う。相対的な頭のよしあしが、問われることになる。知っているべき知識の総量が少ないだけに、この部分のウエイトは大きいといわねばならない。宮台や東は、小学生のころ、何の準備もなしに全国模試を受けて、一桁の成績を取ったことを語るが、頭のよさとはこういうものだろう。
入試のような相対評価を競う試験では、解き方に加え、機転という要素が絡むため、教えても上手く行くとは限らないが、だからこそ塾が隆盛を極めることになる。どこまで行っても相対評価のため、どこまでもヒートアップすることになる。ここに塾が宿る。入試が全ての動機付けであり、入試がなければ日本の教育はない。学習内容を絶対評価するという趣旨ならば、こうした現象は生じないはずであるが、それでは動機付けに欠くだろう。
入試のための勉強は、入試にしか役に立たない。覚えたことの使い道などどこにもなく、もはや問題を解かなくてもいいのだからその解き方など忘却の彼方であり、機転といったものはその場限りでしかない。頑張ったことが財産になるという言い方はできるのかもしれないが、いかにも空疎ではある。
(10月、11月は、ネット環境にないため、休みます…。)


2009年09月20日(Sun)▲ページの先頭へ
入試
日本の教育システムは「中学」「高校入試」「高校」「大学入試」「大学」というふうに進んでゆくが、「高校入試」「大学入試」の果たす役割は大きい。「高校」の教育内容が「大学入試」を規定しているわけではなく、「大学入試」が「高校」教育を規定している。「大学」の教育内容に至っては「大学入試」とまったく関わりない。「大学入試」を規定するのが「高校」教育でも「大学」教育でもないのなら、一体何なのか。「入試」であることそのものでしかないと思われる。
「東大生のノートはかならず美しい」「東大生はどんな本を読んできたか」といった本が並んでいるが、東大生はノートなど取らないし、本も読まない。「大学入試」で覚えたことを片っ端から忘れ(それが出来るものだけが、東大に入れる。)それから何も学ばず、東大卒という肩書きだけで世を渡っていけるということだけが、東大に入る意味であった。


2009年09月13日(Sun)▲ページの先頭へ
エスモカ
エスタロンモカのパッケージには、「ねむけ・だるさに」って書いてある。自分の経験に照らしても、エスモカを飲むと、「ねむけ」が引くだけではなく、「だるさ」が除かれていくのを感じる。カフェインの他には、ビタミンB1,6,12しか入っていないのですが、「だるさ」の除去に関わるのどの成分なのだろうか。
思うに、人は「ねむけ」に打ち克つためにエスモカを飲のでしょうが、そのためには、カフェインで覚醒させておくだけでは足りないということなのだろう。「だるさ」を除去しなければならない。消極的ではあるが、「だるさ」がなくなると、少しくらいやる気が出てくるものだ。こうして物心両面に働きかけることで、ようやく「ねむけ」に打ち克つことができる。環境管理とは、身体(「ねむけ」)と共に、精神(「だるさ」)にも働きかけるものなのだろう。鬱病も薬で治るようだし、21Cはクスリの時代なのかもしれない。


2009年09月06日(Sun)▲ページの先頭へ
縮図
大西巨人「縮図・インコ道理教」は、「皇国」の縮図をオウム真理教に見ている。これによると、麻原は天皇に当たる。
渡部直己「不敬文学論序説」は、黙説法を鍵概念として、近代日本文学を語る。黙説法とは、ある物について語らないことで、何物かが存在すると思わせるレトリックらしいが、近代日本では、天皇に接近させると同時に、そのものについては語らせないことで、天皇制が作られていった。中心には何もないが、何もないと言わせないことで、何かがあると思わせること。
麻原裁判では、その語らせない対象である天皇に、何かを語れと強いるという顚倒が生じた。当然というべきか、麻原から意味のある言葉は聞かれなかった。アンダーグラウンドにおいて、被害者たちは概ね多弁である。オウム裁判でも、罪が軽い者ほど、必死で反省したものだ。しかし、中心に近づくほど、沈黙が増してゆく。
オウム事件では、天皇の率いる国家が日本中枢を襲ったばかりか、その後の裁判で、天皇が裁かれたわけで、天皇制が少なくとも変容していることは疑えない。
麻原裁判の意義は大きいといわねばならない。弁護団長である渡辺脩の「麻原を死刑にして、それで済むのか?」(注)は、お白洲を拒否したものと、野口武彦に評されている(朝日新聞の書評欄)。お白洲は、土下座しか許さない場所であるが、土下座においては、意味のある言葉を語ることも禁じられる。たしかに、麻原は、天皇だから当然というべきかも知れないが、意味のある言葉を喋らなかった。しかし、土下座もしなかった。こうした存在は、日本の法廷という場所そのものを震撼させたといっていい。
(注)村井指揮説が唱えられている。全て藤原氏が悪いというわけだ。


   


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