風子思考集成 - 2010/05

fuukoについて




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2010年05月31日(Mon)▲ページの先頭へ
ミッキー
うんとねー、えっとねー、じゃ、これ。今まで好きになった男の人は5人さん。
ゆかりん、こんばんわ。香菜ちゃんは、ビッチなんかじゃないなんて言わなくていいって、言ってましたね。これは、どうしてでしょう?ちょっと分かりにくかったです。それにしても、ビッチは、不思議な使われ方をしている言葉だと思います。2ちゃんねるの声優板などを覗いてみると、ビッチという言葉が頻出します。中学時代からの男友達数人と夜明けの海辺でしっぽりしただけで、ビッチなのだそうです。ビッチという言葉をこのように広く使うのなら、世の女はみなビッチになってしまうのではないでしょうか。より不思議なのは、例えば、キスプリクラが出回るとかということがあっても、これは声優板の人からすれば、ビッチということになるはずですが、全くといっていいほど、人気が落ちないことです。どうしてでしょう?
えー、少し分かりにくかったかもしれない。香菜ちゃんが、ビッチなんかじゃないと言わなくていいのは、声優としての香菜ちゃんはキャラだから。本人がビッチかどうかというのは、キャラには関わりないの。キャラというのがキーポイントね。
キャラ/キャラクターというのは、ゼロ年代が生み出した概念のうちで、もっとも輝かしいものの一つね。ゲーム的リアリズムの誕生によると、キャラは記号性、キャラクターは身体性のことね(第1章15)。キャラクターは、記号性も兼ね備えているから、記号的身体といっていいわ。アトムの命題というのは、記号的身体が血を流すというのはなぜかというもの。身体が血を流すのは、当然。でも、記号的身体となると話は別になってくるわ。記号が血を流すのは、どういうことなのか。記号性というだけなら、ディズニーのキャラも記号の集合ね。でも、ミッキーが血を流してるところなんて、想像できないわ。だいたい、血を流すためには血管がなければならないけど、ミッキーのどこにそんなものがあるというの?つまり、ミッキーには身体性がない。
記号的身体なのになぜ血を流すのかということと同じように、記号的身体なのになぜかわいいのかということも、問うべきなのかもしれない。記号に過ぎないものが、なぜかわいいのか。ミッキーは、かわいくはないとも言える。三つの円に還元できるキャラのどこがかわいいのか。かわいいという言葉は、英語にはないらしいし、ミッキーを形容するのにも、かわいいという言葉はいらないと思うわ。血を流すのと同じだけど、かわいいというのも、身体性によるものでしょうね。使徒は徹底して記号であり、手塚に反して、身体性を一切残さないことで、他者を導いたといえるわ。
前置き(?)が長くなったけど、アイドルも、声優も、記号的身体でしょう。で、アイドルにとっても、声優にとっても、記号から離れた身体が露出するというのは、スキャンダルなのよ。真っ先に思いつくのは、岡田有希子。《「脱アイドル」とか言って、乳首や陰毛を露出するタレントはいても、自らの脳味噌をカラーグラビアで公開した歌手はいない。それはピンク色に光り、何よりもセクシーだった》(松本亀吉「歌姫2001」)。アイドルであるためには、どこまでも記号的身体に止まり続けなければならない。ビッチというのは、身体の別名ね。そもそも、生身の身体なんて、アイドルにはいらない。岡田有希子は、生身の身体をなくしてもアイドルだし、初音ミクなんて、もともと生身の身体を保有していない。
ビッチと分かっても、つまり身体性が露出しても人気が落ちないのは、なぜかしらね。声優板まで来てるような猛者は、記号性しか見ないと割り切ってるからかしら。それなら、ビッチなんて言わなくてもいいと思うけど、そうもいかないんでしょう。記号的身体だから、身体が惹きつけるものもあるわけ。


2010年05月22日(Sat)▲ページの先頭へ
天使なんかじゃない
うんとねー、えっとねー、じゃ、これ。うさりんネーム天使ちゃんをいじめるなさん。
ゆかりん、こんばんわ。僕はもちろん、ゆかりんが一番好きですが、花澤香菜ちゃんのかわいさに打たれてしまいました。ほんと、かわいすぎです。ゆかりんが小悪魔だとすると、香菜ちゃんは天使だと思います。天使といっていいのは、ほっちゃんと香菜ちゃんだけではないでしょうか。ゆかりんは、そんな香菜ちゃんについて、どう思いますか?
香菜ちゃんねー。近いのは名塚かな。子役上がりで、声質を見込まれて抜擢され、最初は棒読みだけど、そのうち演技が伴うようになる。天使ちゃんなんて、彼女の声を聞かされた後では、他の人の声が考えられないくらい。
加えてルックスもいい、というか、今までの声優とは桁違いね。美人すぎる声優というと、加藤英美里とかがそうらしいんだけど、声優にしては美人すぎるというのを倒置したもので、揶揄も入ってる。でも、彼女は、掛け値なしに美人、というかかわいい。でも、AKB48とかだと、このクラスはざらにいるわ。だから、香菜ちゃんが、地下アイドルからここまで来れたのは、ルックスだけによるとは考えられない。ルックスだけなら、地下アイドルと彼女は、紙一重でしょうね。近頃の子は、発育がいいから。
地下アイドルをする前に、香菜ちゃんは、あっぱれさんま大先生に出てたのよね。あれは、天てれと並んで、たくさんの子どもを起用してたわ。今は、子どもをたくさん出すっていうのは、天てれしかない。大きなお友達のまなざしが向けられていることに対して、NHKならこれは教育ですから、とキリッと言えるけど、他ではそういうことは言えないので、できなくなっているのかもしれない。まいんちゃんもそうだけど。さんま大先生は、やる気のない子を選考してたみたい(Wiki)。だから落ちた人にこそ、大物は多い。坂本真綾も落ちてる。さんまは、自然体を売りにしてる人だから、子どもが子どもを演じるのを嫌ったのかもしれない。やる気のない子を選べば、それは避けられる。香菜ちゃんは、オーディションを通ったわけで、素っぽいのは、この頃からなんでしょう。
こどものおもちゃは、さんま大先生に出てくる子どもが、普段どうしてるかに焦点を当てている。これは目の付け所としてはいい。東浩紀も褒めてた。紗南ちゃんは、親から捨てられて拾われ、家では親子ごっこみたいなことをして、外では明るく振る舞ってるわ。でも、自然体なの。このバランスは、他では味わえないかもしれない。シンジ君の同時代人ではあるんだけど、シンジ君みたいにはならない。
話が逸れたけど、香菜ちゃんは、声がいいのとルックスがかわいいだけじゃなくて、なによりキャラが洗練されている。このキャラは、たぶん、修行時代と遍歴時代の賜物でしょうね。《uffとやさぐれと素っぽさがうまくマッチしてる》(花澤香菜 Part31-969)。キスプリクラがキャラにダメージを与えることはない。キャラというのは、戯れなのね。香菜ちゃんは、紛れもない天使なのであって、それゆえ、天使なんかじゃないなんて言わなくていい。もちろん、ビッチなんかじゃないなんてなおさら言わなくていい。


2010年05月15日(Sat)▲ページの先頭へ
ちっちゃいっていうな
うんとねー、えっとねー、じゃ、これ。うさりんネームちっちゃいっていうなさん。
ゆかりん、こんばんわ。ゆかりんのラジオを毎回楽しく聞いてます。でも、たまには他の声優さんのラジオも聴いてみようと思い、伊藤かな恵ちゃんのラジオ(注1)を聞いてみました。すると驚いたことに、かな恵ちゃんは、男女が一緒の部屋で何をするか分からないとか、そんなことを言っていました。そんなことってありうるのでしょうか?猫を被ってるだけでしょうか?猫を被ることにかけては誰にも負けないゆかりん、教えてください。
え、ゆかり、猫なんて被ってないよ?
かな恵ちゃんかー。小学生みたいなルックスよね。声優の歴史を紐解いてみても、ここまでのルックスはいなかったんじゃないかしら?金朋は、幼稚園児みたいな声およびキャラではあるけど、ルックスがそうだとはいえない。キャラ、ルックス、仕草…、これを小学生で揃えてきたというだけで、素直に賞賛したい。ちょっとした奇跡。
井上麻里奈と並んでいるところなんか、感動すら覚える。元コスプレイヤーのお人形さんみたいなのと小学生みたいなの…。この二人をセレクトした人は、すごいと思う。
猫を被ってるか?基本、キャラなんだけど、ありうる範囲に収まっているというのがポイント。顔と声を中心に、持っているものを組み立てるわけ。かな恵ちゃんの中心は、いうまでもなくそのちっちゃいルックス。それを活かしきってると思うわ。
もし猫と被ってないとしたら、もう少し「君に届け」のような純粋なのとは別の欲情に彩られた少女マンガを読んでおくべきだったと、ナデシコのように言うべきでしょうけど、人はいろんな経験を経て、「君に届け」のような純粋なのに戻ってくるものなの。
少女マンガの世界に生きてます、っていってるけど、女の子は付き合いたいって思ったら、付き合えるもの。それで、ルックスに合わせて(?)付き合ったことがないっていうことにしようと思えば、付き合いたいって思わないこともないけど、理想が高いので相手が見つからないから、まだ付き合ってません、っていうことにすればいい。そう考えると、論理的にありえないキャラではない…。
でも、植田佳奈がいっているように(注2)、裏で男なんてちゃらい、ていっていても、あるいはキャラの延長で、悪い男だっていうのは分かってはいるんですけど、男に貢いでるんです、っていっても、かわいい。ギャップがあっても構わないっていう洞察ね。
それにしても、アイドル声優第1世代(?)は、ほっちゃんなんてグローバルスタンダードアイドルとかいってくらいで、いちおう幅広い層にアピールしようとしてたわ。ディープだとしても、ゴスロリくらいね。今の第2世代は、やさぐれとか、うざかわいいとか、そんなニッチな属性のキャラが出てきてる。かな恵ちゃんは、ある意味で、極めつけかもしれない。
(注1)http://www.nicovideo.jp/watch/sm10529174
(注2)http://www.nicovideo.jp/watch/sm10602513


2010年05月08日(Sat)▲ページの先頭へ
穴つるし
次々と潜入してくる宣教師は、殉教を望んでいた。このように殉教すべく行動している人を思い止まらせるには、どうしたらよいか。江戸幕府は、試行錯誤の末、穴つるしという処刑法を考案する。手足を縛って、穴の中に逆さに吊っておく。周りからは足だけが見える。長く苦しむのみならず、滑稽なもがき方をするので、殉教の荘厳さがない。これにより、宣教師への人心は離れ、彼らが来日することもなくなる。(参考、柄谷行人「坂口安吾とフロイト」)
幕府としては、宣教師の処刑は、公開しなければならない。非公開だと、かえって想像を掻き立てる。もちろん、安楽に死なせてはならない。それでは見せしめにならない。しかし、受苦へのまなざしは、権力への畏怖を生むとともに、受難への崇拝をも生む。死に意味を付与してしまう。それが次の殉教を招く。これは避けなければならない。そこで、足だけ見せる方法を考案したのだろう。これは、苦しいことは疑いないが、たしかに滑稽な情景であり、笑いを誘う。死に意味を与えようがない。穴つるしは、死をいかに非意味なものにできるかという思考実験としては、優れている。
四つ裂きや火あぶりは、王の権力を誇示するという命を奪う以上の意味を持っていた。しかし、ギロチンや絞首台は、一瞬で死ぬので、命を奪うという以上の意味を持たない。こうなると、命を奪うことの意味そのものが問われることになり、今やそれに十分に答えるのは難しい。これに対し、穴つるしは、死にどのような意味も与えないことを主眼としており、そうした問いに答えるつもりはもとよりない。


   


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