風子思考集成 - 2010/06/07

fuukoについて




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2010年06月07日(Mon)▲ページの先頭へ
絵本
ゆかりんに発表してもらいましたが、こちらで引き取ります。何度か書き直したというか言い直したものの、論理の飛躍が少なくないので、少しだけ注釈を付けておきたい。
《アイドルも、声優も、記号的身体でしょう》(注)。ここは、理由なく断定していると言わざるを得ません。ゆかりんは、どうやらテヅカイズデッドに依拠しているようですが、うろ覚えのようです。
「アイドルとは《シミュラークル》が生身の実体を持った不幸な存在」(大塚英志「システムと儀礼」)ですが、シミュラークルというのは、記号性と言い換えていいでしょう。例えば、山口百恵は、記号の集合である。固有名に必然性はない。しかし、存在するためには、身体が必要である。そして、その身体性により固有性を得ている。しかし、その身体性により記号の集合であることを覆い隠してもいる。
逆に、記号性が身体性を抑圧している面もあるように思われる。大塚がアイドルを「不幸な存在」であると感じるのは、ここからだろう。
つまり、アイドルとは、身体性と記号性が相互に抑圧しあっている「不幸な存在」といえる。しかし、この不幸さこそが、アイドルを動かす物語である。かわいそうとかわいいが、ここで重なる。
記号性と身体性を空間的に分ければ、true tearsになるのかもしれない。乃絵が記号性、比呂美が身体性に対応する。乃絵は、記号性しかないので、飛ぶことはできても、泣くことはできない。逆に比呂美は、身体性しかないので、泣くことはできても、飛ぶことはできない。比呂美と関わるだけでは、絵本は書けないだろう。
(注)http://fuuko.noblog.net/blog/11015364.html


   


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