風子思考集成 - 2011/01/02

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2011年01月02日(Sun)▲ページの先頭へ
ダグラム
ダグラムを見て驚くのは、太陽の牙のメンバーが全くの書き割りであるということである。エピソードにより掘り下げられることもない。このようにキャラは立っていないが、キャラは書き割りとしての性格により相互に組み合わさっており、小集団としての一体感はある。キャラを書き割りにすることで、まんが・アニメにおける小集団がどのようなものかを浮かび上がらせている。
この小集団は、しかし、大人たちの駒に過ぎない。子供たちの層と大人たちの層は画然と分かれており、子供たちの小集団は大人たちの争いに用いられているだけなのである。いわば、先生の喧嘩に生徒が借り出されているようなものであり、先生が話し合えばそれで済んでしまう。大人たちの策謀が、アニメであるにもかかわらず、執拗に追われ、子供たちが印象に残らないのに対し、大人たちは、これも書き割りではあるが、印象に残ることになる。
このように子供たちの層と大人たちの層が乖離したことで、かえってZZのような子供たちだけで世界を変えていくような傾向を準備したともいえる。二つの層が関わらないのであれば、どちらかを捨てるべきだが、子供たちを捨てるわけにはいかないからである。


   


人手です。

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